雑談百選

大阪千里司法書士事務所のブログ 

ずっとラジオを聞いてきた

(敬称略)

志村けんの追悼番組を見ていて、ど真ん中の世代なのに、正直、あまり記憶がないのに自分でも驚いている。幼い頃に見たお笑い番組で覚えているのは「見頃食べごろ笑い頃」と「カックラキン大放送」、「ヤング・オー・オー」、あとは欽ちゃんの番組くらいで、ドリフはそれほど夢中ではなかったのだろう。なので、自分が志村けんのことを好きになるのは、子どもが生まれて「志村どうぶつ園」を見るようになってからだ。

思い出せば、小学校4年生のときに手に入れたラジオに夢中になって、晩御飯を食べたら布団に潜り込んでずっとラジオを聞いていたような気がする。相当暗い性格だったのかもしれない。なので、そのラジオのことは今でもはっきりと覚えていて、ティッシュの箱ぐらいの大きさで、薄い皮のカバーで覆われていて重厚感があった。小学校6年生の冬、ジョン・レノンが撃たれ、そのラジオから「ノー・ウェアー・マン」が流れてきた衝撃といったらなかったものだ。そんなこんなで、中学生にあがってコンポを手に入れるまではずっとそのラジオを聞いていたが、もちろんコンポを手に入れた後、そのラジオがどうなったのかはまったく覚えていない。

ということで、小学生の頃、夜更かしができる土曜日は桂三枝ヤングタウンを最後まで聞くのが週末の楽しみでした。まだ明石家さんまがチャッピーと称して1コーナーを持っているくらいの頃で、「兄貴と呼べ」というさんまに憧れたものでした。なので、結局、自分はその頃から、ずっとさんまが好きだったんですね。さすがにもうそろそろ飽きたけれど、40年間、芸風を変えずに通したさんまはやっぱりすごい。だって、喋っている内容はあの頃とほぼ同じなんだもの。

ということで、自分はあまり浮気性ではないようですね。