雑談百選

大阪千里司法書士事務所のブログ 

パソコンの寿命

メインPCの音声出力がダメになった。その他には、特に問題はないけれども、これはパソコンの寿命が違いということか。ハードディスクがダメになってからではなにかと手間がかかるので、その前に変更すべきなのかなと悩んでおります。もう、たぶん7,8年は使っているから、寿命でも仕方ないのかしらね。

 

ipadだけで仕事ができればのいいのだけれど、法務局のシステムがウィンドウズにしか対応していないのでメンドクサイのよね。IT,AT,デジタル化なんて夢のまた夢。エライさん型のやることはケチ臭いのよ。税金取る方の、確定申告はスマホでもできるんだものね。

 

我々、一般庶民がなにを言ったところムナシイので、買い替えを検討するしかないのだけれど、surfaceの安い奴にしようかなと思っております。

 

なにかいいのあるかしら。

この夏のシナリオ その2

緊急事態宣言ということなりましたね。といっても、3回目ともなれば緊急事態でもなんでもなく、これまでと変わらない日常が続いているという感じではないでしょうか。

 

さて、過去記事にこういうのを書きました。

tanoque.hatenadiary.jp

昨年に書いたものです。特に訂正するところは、今のところ見当たりません。

そして、少し前にこういうのも書きました

tanoque.hatenadiary.jp

その続編ということでもないですが、世間と自分の認識のズレについて、今ここで記しておきたいと思います。

 

当たるも八卦当たらぬも八卦

 

さて、ズレというか、「前提が違っている」といった方が正確な表現かもしれませんが、つまり、世間では「エライ人たちはまだオリンピック開催にこだわっている」という認識で、論拠を進めていますが、自分は「オリンピックが開催できるなんて、もはや誰も思っていないのではないか」というところからスタートしています。だって、フツーに考えたら無理でしょう? それに、日本以外で、オリンピックのことが話題に挙がっている国なんてあります? オリンピックの定義によるけれど、もはや皆が想像しているような形でのオリンピックなんて不可能だと考える方が普通じゃないのかしら(オリンピックでないものをオリンピックだというのならそれはまた別のハナシである)。

 

では、なんのために「聖火リレー」までして、「オリンピックをやるという建前」をとっているのか? それは、オリンピックをやるという建前を取れば、オリンピックに関連する支出を、大手広告代理店をはじめとする関係各所に無批判に回すことができるからなんじゃない?(違う?) とにかくオリンピックといえばフリーパスなのだしねぇ(事実、担当大臣でさえ、守秘義務によって、全ては把握していないという。大臣がそう言った)。とにかく、大手広告代理店や大手派遣会社に損をさせるわけにはいかないし、できるなら、この機にあえて儲けさせたい。もちろん、IOCにもお金が回るんでしょう。所詮、同じ穴のムジナなのだ。

 

で、それを前提として、エライ人たちのプライオリティーは何かと考えると、感染症対策ではなくて、結局、この機会に「オールドファッションな中小企業を淘汰し、社会保障をできるだけ抑制する」ということに尽きるのでしょう(現状を分析するとそう考えざるをえません)。だから今回、持続化給付金もないし、1人10万円ってやつもないでしょ? 邪推するに、そのあたり、SDGs関連で政府の広告費をマスコミに回すことで、マスコミの口塞ぎをしてるんじゃないのかなっと思っているのですが、考えすぎかなぁ? SDGsの理念には賛同するが、いかんせん胡散臭すぎる。貧困をなくしたいのなら、まずは、少なくとも直接雇用を原則とした労働法を再整備し、累進課税を見直し、社会保障をきめ細かく貼り廻らせるべきである。今のところ、綺麗ごとだけのキャンペーンに過ぎないし、たぶん、今後もその域を出ることはないとみている。

Wacth out SDGs !!といったところかしら。

 

話を戻して、それに本気でオリンピックをする気ならば、すでにワクチンはいき渡っているんじゃないのかしらね。「オリンピックをする」というのは建前に過ぎないから、実際はワクチンなんて必要ないし、もっと言えば、ワクチンが行き渡ることは為政者にとっては不都合なのだと考えた方が、現状を理解しやすいんじゃないのでしょうか。だって、まだ、感染症対策に関する事業が利権化されていないし、ワクチンがいきわたって助かる人が増えたら困るもんね。できるだけ多くの中小企業が潰れ、ーーーーーー(以下省略)。

 

なんか、書いていて陰謀論に陥っているような気分になってきましたが、自分の考えが陰謀論であったならば、それはそれでいいことだなっというふうには思います。

 

まあ、とにかくゴールデンウィーク

 なにはともあれ事態が沈静化することを願うばかりです。

この夏のシナリオ

個人的な感覚では「クルってる」としか評価しようのない現実が、日々、繰り広げられていますが、みなさん、如何お過ごしでしょうか?  それにしても、暑いのか寒いのかよくわからない天気が続きますね。どうか健康を崩されないようにお気をつけ下さい。

さてさて、「で、つまり、偉いさんたちの描いているシナリオはこういうことなのかしら」と思うに至ったので、以下、つらつらと書きます。

 

1)可能な限りオリンピックをやるのだという建前を続け、形だけでも聖火リレーをなんとしても終わらせる。(もしかしたら「開会式だけは行う」ということまで考えているかもしれない。いずれにせよ聖火リレーの終着点は国立競技場の聖火台である)

2)時期をみて、小池都知事がオリンピックの中止を決断する。

3)そして、たとえば、無人の国立競技場に、たとえば有名なスポーツ選手がトーチを掲げて入場して聖火台に火をともす。それが東京オリンピックの唯一のイベントとなり、そしてクライマックスとなる。もちろん、マスコミはそれを感動話にして盛り上げる。

4)小池都知事は責任を取る形で都知事を辞任し、小池都知事の株が上がる。

5)解散総選挙ムードが高まる。

6)小池都知事は、維新と合流する。

7)維新のそれまでの不手際が一切忘れ去られる。

8)結局、反自民の受け皿を、維新が担うことになる。

9)解散総選挙の結果、今と変わらない勢力が継続する。

 

どうでしょう?

そのためには、今(これまでも)、維新がどんな不祥事を起こそうと可能な限りスルーして、なんとしても次の選挙まで維新の評価を下げないことが重要となるということですね。だってさ、名古屋の住民投票の件にしたって、池田市のサウナの件にしたって、相当筋は悪いのに、まるで維新は無関係のような様相だもんね。「維新」という保守層にウケのいい名前の果実を絞り取れるだけ絞り取るということなのでしょう。

 

つまりは、自分が思うに、維新というのは経団連の意向に沿っているのである。経団連といって大袈裟なら、大きな企業の意向に沿っているのである。この点、あまりにも維新の議員の質が悪いので、我々、もともと維新に懐疑的な視点を持っている者から見ると、一見、維新はアウトロー集団のようにも思えるけれど、あれは経営者側(システム側)の鉄砲玉のようなものであって、結局、都構想やなにやらは、企業のための改革でなのであり、企業が80~90年のバブル期に調子に乗って藤原道長の如くこの世の天下を謳歌しているうちに、すっかり見誤った未来予想図のツケを「そういう時代ではない」という一言をもって労働者側に払わせようということに他ならないのだ。そして、大半の企業は、もちろんマスコミを含めて、その生き残りをかけて、政府行政関係の事業から零れ落ちてくる税金の分配を当てにするしか思いつかないのだから、いやはや、推して知るべしである。

子離れに成功しました

春になりましたね。今年は桜の時期が早く、もうすっかり葉桜になりかけていますが、如何お過ごしでしょうか?

ということで、うちの事務所も14年目、事務所を開いて間もなく恵まれた娘も、もう小学6年生になりました。早いものですね。ほんと、あっという間でした。

 

で、ブログタイトルにもあるように、5年生の1年間、「子離れ」をテーマにやってきましたが、どうやらうまく子離れできたように思います。とりあえず、一緒にお風呂に入るのをやめ、コロナを機に一緒に登校するのもやめ、近隣の塾に登録したことを機に自分が勉強を教えることをやめ(成績について言及することもやめ)、今はほとんど塾への送迎を担当するにとどまっております。特に勉強なんかは、気にかけているときは、なにかと気になったものですが、意識的に気にしないようにしたら、ほとんど気にならなくなりました。まあ、何とかなるだろうっていった感じですね。うちは中学受験もしないし、のんびりやってくれればといったところです。

子どもを育てていて「持って生まれた性格というのはあるんだな」と思いますが、生活習慣ということになると、後天的な家庭環境の影響も大きいと思います。うちは、奥さんも自分もほぼテレビを見なくて、始終、本を読んでいるので、娘も自然に本を読むのが好きになったのはよかったです。ただ、自分が子どもに身につけてもらいたい習慣は「読書」で、とにかく「1冊の本を最後まで読む習慣をつけさせたい」と思い「鬼滅の刃」とか「名探偵コナン」とか、漫画の他に、小説タイプの本を買ってあげたりはします。自分は、「どくとるマンボウ」と「ムツゴロウ」シリーズで読書の習慣がつきましたが、いずれにせよ読書の習慣がつくのはいいことではないでしょうか。英語に関しては、まだこれからといったところですが、これも、うちは奥さんが外国語の先生をしていることもあって、あまり心配していません。

まあ、なんにしても、これからも自分のエゴはできるだけ控えて、子ども自身が持っている性質にあった環境で育っていけるようにアシストできればいいなあといったところでしょうか。

ま、そんなところです。

 

子育ての教訓

男親の言うことはたいてい間違っていると心得よ。

久しぶりの近影 ~ ホルモンボンクラにて

誰も興味がないと思うのだけれど、プロフィールに10年前の写真を使っている後ろ暗さがあるので、昨日の様子をアップしましょう。

場所は、事務所から歩いて2,3分のところにあるホルモン屋。

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う~ん、順調に老けてるね。

まあ、「ちゃんとエイジング」がモットーなので、

年相応に年輪を重ねていくのは良しとしましょう。

それにしても、半袖のポロシャツで申し訳ない。

50過ぎても、まったく季節感のない私です。

(昨今、僕というと程度が下がってしまうので一人称は私にします)

本当はTシャツにしたいのだけれど、

襟がないと「失礼なやつだ」と思われかねないので、

ポロシャツにしているということですね。

勿論、外出先ではYシャツを着ます(パンツはチノパンですが)。

世のセンシティブな価値観に合わせるのもなかなか大変です。

自分的には、どこぞの誰が、アロハで仕事をしていようと、

半ズボンであろうと、タトゥーが入っていようと

全然気にしないんだけれどね。

ま、とにかく、

仕事場でもこんな感じですのでお気軽にご相談下さい。

 

ホルモン屋さんの詳細情報はプーさんの満腹日記をご参照下さい。

pu-3.com

 

 

松田聖子の記憶

去年は、キャンディーズにはまり、えんえんえんえんとキャンディーズばかり聞いておりましたが、今年に入って松田聖子に突入しました(あいかわらずキャンディーズは聞いておりますけれども)。70年代から80年代へですね。

さて、自分は1968年生まれなので、松田聖子こそ、ど真ん中の世代といえると思いますが、個人的には中学生になるとエアチェック少年になり、だんだんとテレビを見なくなっていったので、松田聖子は、どちらかといえば、アイドルというより、最初からアルバムアーティストとしてファンになったというイメージがあります。1981年に中学生になると同時に、大瀧詠一ロンバケが流行って、その流れで「はっぴいえんど」を知り、松本隆細野晴臣に注目し、松田聖子を聞くようになったという流れでしょうか。で、当時、松田聖子がラジオ番組をやっていて、それが楽しみだったのを覚えています(今、wiki見たら「夢で逢えたら」って番組だった。そうだった!)。

なので、松田聖子の時代になると、レンタルレコード屋が出てきて、たぶん、windy shodowあたりまでは、レンタルで借りて、カセットテープにダビングして持ってたと思います。一番好きだったのは、やっぱり「パイナップル」かな。「キャンディー」「風立ちぬ」は、試験勉強しながら、ずっと聞いていたような気がします。松田聖子のイメージはといえば、中間試験や期末試験の勉強BGMという感じですね

で、今、聞くと、やっぱりいいのよ。

やっぱ、その当時、好きだったものが、今好きなんですね。

う~ん、人って変わらないのね

令和のフェミニズム

森氏の発言で、男性たるもの、いたるところで己の女性観が問われる時代になりましたが、これはこれで難しい問題であります。何が難しいっていって、自分の場合は10年以上、もしかしたら20年くらい、誰とも世間的な付き合いをしていないのですね。家族だけで洞穴の中で生きているように暮らしているのです。家族以外の人間と親しく付き合うのって、年に1回か2回、昔の仲間に会う時くらいかな。で、実際、そうなってくれば、それは家族との付き合い方の問題であって、フェミニズムの論点ではなくなってきますもんね。

なので、正直、もう自分の女性観って、自分でもわからなってしまいました。世界が自分とあまり関係ないのと同じように、女性一般も自分とは関係がないって感じでしょうか。ただ「娘が大人になったときに住みやすい世の中になってくれればいいな」と思うばかりですが、だからといって、自分に名案があるわけでもありません。

ということで、個人的には、20世紀のことまで持ち出して非難したり、されたりするのは不毛じゃないかと思っていますが如何でしょうか? 

我がガラパゴス人生

時代が変わるにつれ、いろいろと環境も変わってきたけれど、個人的には、余程、カタクナな性格なのか、あまり生活に変化はありません。きっと、好きなものが変わらないからでしょう。自分の関心といえば、ずっと「音楽」に「文学」に「アウトドア」が中心で、結婚してからは「子どもと犬猫」が加わったというところです。

テレビはといえば、中1(1981)の頃からあんまり見ていないし、高校を卒業してから結婚するまで(1987-2001)は部屋にテレビがありませんでした。その頃はパソコンもなかった時代なので、ただただ本を読んで、音楽を聴いていましたね。

そういえば、最近、物議を醸しているオリンピックなんかも、もともと興味がないというか、そもそもスポーツ中継を見る習慣がないので(するのは好き)、基本的に、オリンピックも、その他のスポーツも、たまたまテレビをつけた時にやっていれば見ることもある程度で(あまりそういうことはないけれど)、それ以上でもそれ以下でもありません。ちなみに、記憶にあるプロ野球といえば田淵が阪神で22番をつけていた頃で、大相撲でいえば、北の湖横綱だったころになります。

やはり、70年代ですね。

一方、人生を通じて、一番の趣味といえば音楽なのですが、一時期、spotifyに興味を持ったものの、結局、決まった音楽しか聴かないので、CDを買った方が早いという結論になりました。本も、電子書籍で買うこともあるけれど、紙の本が容易に手に入る場合はそちらを選ぶことが多いですね。電子書籍もキライではないですが、紙の本は充電しなくても読めるし。

ということで、基本的には1980年代と同じ生活をしているので、今、世界からネットが無くなっても、仕事上は困りますが、プライベートでは全然困らないと思います。でも、ここ最近の進歩で自分にとって一番良かったのはradikoなので、やっぱりラジコがなくなると寂しいかな。最近、ラジオでも、クラブハウスのことが話題になっていますが、もう、そこまでくると全然わかりませんけどね。

 

まあ、そんなこんなで、クソ爺街道まっしぐらです。