雑談百選

大阪千里司法書士事務所のブログ 

久しぶりの近影 ~ ホルモンボンクラにて

誰も興味がないと思うのだけれど、プロフィールに10年前の写真を使っている後ろ暗さがあるので、昨日の様子をアップしましょう。

場所は、事務所から歩いて2,3分のところにあるホルモン屋。

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う~ん、順調に老けてるね。

まあ、「ちゃんとエイジング」がモットーなので、

年相応に年輪を重ねていくのは良しとしましょう。

それにしても、半袖のポロシャツで申し訳ない。

50過ぎても、まったく季節感のない私です。

(昨今、僕というと程度が下がってしまうので一人称は私にします)

本当はTシャツにしたいのだけれど、

襟がないと「失礼なやつだ」と思われかねないので、

ポロシャツにしているということですね。

勿論、外出先ではYシャツを着ます(パンツはチノパンですが)。

世のセンシティブな価値観に合わせるのもなかなか大変です。

自分的には、どこぞの誰が、アロハで仕事をしていようと、

半ズボンであろうと、タトゥーが入っていようと

全然気にしないんだけれどね。

ま、とにかく、

仕事場でもこんな感じですのでお気軽にご相談下さい。

 

ホルモン屋さんの詳細情報はプーさんの満腹日記をご参照下さい。

pu-3.com

 

 

松田聖子の記憶

去年は、キャンディーズにはまり、えんえんえんえんとキャンディーズばかり聞いておりましたが、今年に入って松田聖子に突入しました(あいかわらずキャンディーズは聞いておりますけれども)。70年代から80年代へですね。

さて、自分は1968年生まれなので、松田聖子こそ、ど真ん中の世代といえると思いますが、個人的には中学生になるとエアチェック少年になり、だんだんとテレビを見なくなっていったので、松田聖子は、どちらかといえば、アイドルというより、最初からアルバムアーティストとしてファンになったというイメージがあります。1981年に中学生になると同時に、大瀧詠一ロンバケが流行って、その流れで「はっぴいえんど」を知り、松本隆細野晴臣に注目し、松田聖子を聞くようになったという流れでしょうか。で、当時、松田聖子がラジオ番組をやっていて、それが楽しみだったのを覚えています(今、wiki見たら「夢で逢えたら」って番組だった。そうだった!)。

なので、松田聖子の時代になると、レンタルレコード屋が出てきて、たぶん、windy shodowあたりまでは、レンタルで借りて、カセットテープにダビングして持ってたと思います。一番好きだったのは、やっぱり「パイナップル」かな。「キャンディー」「風立ちぬ」は、試験勉強しながら、ずっと聞いていたような気がします。松田聖子のイメージはといえば、中間試験や期末試験の勉強BGMという感じですね

で、今、聞くと、やっぱりいいのよ。

やっぱ、その当時、好きだったものが、今好きなんですね。

う~ん、人って変わらないのね

令和のフェミニズム

森氏の発言で、男性たるもの、いたるところで己の女性観が問われる時代になりましたが、これはこれで難しい問題であります。何が難しいっていって、自分の場合は10年以上、もしかしたら20年くらい、誰とも世間的な付き合いをしていないのですね。家族だけで洞穴の中で生きているように暮らしているのです。家族以外の人間と親しく付き合うのって、年に1回か2回、昔の仲間に会う時くらいかな。で、実際、そうなってくれば、それは家族との付き合い方の問題であって、フェミニズムの論点ではなくなってきますもんね。

なので、正直、もう自分の女性観って、自分でもわからなってしまいました。世界が自分とあまり関係ないのと同じように、女性一般も自分とは関係がないって感じでしょうか。ただ「娘が大人になったときに住みやすい世の中になってくれればいいな」と思うばかりですが、だからといって、自分に名案があるわけでもありません。

ということで、個人的には、20世紀のことまで持ち出して非難したり、されたりするのは不毛じゃないかと思っていますが如何でしょうか? 

我がガラパゴス人生

時代が変わるにつれ、いろいろと環境も変わってきたけれど、個人的には、余程、カタクナな性格なのか、あまり生活に変化はありません。きっと、好きなものが変わらないからでしょう。自分の関心といえば、ずっと「音楽」に「文学」に「アウトドア」が中心で、結婚してからは「子どもと犬猫」が加わったというところです。

テレビはといえば、中1(1981)の頃からあんまり見ていないし、高校を卒業してから結婚するまで(1987-2001)は部屋にテレビがありませんでした。その頃はパソコンもなかった時代なので、ただただ本を読んで、音楽を聴いていましたね。

そういえば、最近、物議を醸しているオリンピックなんかも、もともと興味がないというか、そもそもスポーツ中継を見る習慣がないので(するのは好き)、基本的に、オリンピックも、その他のスポーツも、たまたまテレビをつけた時にやっていれば見ることもある程度で(あまりそういうことはないけれど)、それ以上でもそれ以下でもありません。ちなみに、記憶にあるプロ野球といえば田淵が阪神で22番をつけていた頃で、大相撲でいえば、北の湖横綱だったころになります。

やはり、70年代ですね。

一方、人生を通じて、一番の趣味といえば音楽なのですが、一時期、spotifyに興味を持ったものの、結局、決まった音楽しか聴かないので、CDを買った方が早いという結論になりました。本も、電子書籍で買うこともあるけれど、紙の本が容易に手に入る場合はそちらを選ぶことが多いですね。電子書籍もキライではないですが、紙の本は充電しなくても読めるし。

ということで、基本的には1980年代と同じ生活をしているので、今、世界からネットが無くなっても、仕事上は困りますが、プライベートでは全然困らないと思います。でも、ここ最近の進歩で自分にとって一番良かったのはradikoなので、やっぱりラジコがなくなると寂しいかな。最近、ラジオでも、クラブハウスのことが話題になっていますが、もう、そこまでくると全然わかりませんけどね。

 

まあ、そんなこんなで、クソ爺街道まっしぐらです。

 

今日も猫は早起き

猫は早起きであることについて、もう何回書いただろうかと思うのだけれど、毎日、猫に起こされるので、常に自分の頭の中にあることは猫が早起きであるということなのですよね。困った。

もう、4時前に起こされるのよ。

なので、最近は6時半に仕事を終えて、7時に帰って、飯食って、風呂入って、8時に寝るというリズムになりつつあります。

まあ、別にそれが嫌なわけではないんだけれどね。

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自分が寝ていると、胸の上で寝ようとする猫 

70歳引退宣言

ほんと、いろいろとありますね。

眩暈がしそう。

ということで、70歳で引退し、以降はスーパーボランティアのアノヒトのようにやっていけるよう、今はじっと手を見て頑張って働こうと思います。

やはり、50を超えると、いくら若いつもりでいても、傍から見たら、どう見たっておじさんだし、実際、体もガシガシに堅くなっちゃっているしね。確かに年齢なんてのはただの数字であり、一律、年齢で区切るのも控えるべきだけれど、それとは別に、自分を客観視することは大切だと思います。我が身を振り返って、事務処理能力が格段に落ちていることは否定できないもの。

けれど、森氏に限らず、「老害」だと周りから思われる人は、たいていの場合、若い時から、そういう人であることが多く、「老害」というよりも、本人の資質であるということが多いと思うのだけれど、それでも、20代の自分が、今の今50代の自分を想定できなかったわけだし、ましてや、80代の自分は、50代の自分が想定できるものはないのだからね。ま、生きていればのハナシですが。

いずれにせよ、自分自身を、社会的に代替不可能な重要人物だと自認している人とは距離を置きたいものです。そんなやつはいないのである。

 

若い人、頑張ってください。

介護と悔悟の日々

知り合いに進められて、久しぶりにテレビドラマを見ました。

「俺の家の話」

法律的に細かいことをいえば、いろいろと突っ込みどころはあるけれど、ドラマはドラマ、さすがはクドカン、面白いですね。

うちの父も自宅介護で最後は要介護4まで行きましたが、今は、もう終わって、そろそろ1年になるので、懐かしく振り返ることができるものの、その最中はなかなか余裕がありませんでした。うちは、パーキンソン&レビーだったので、認知は最後までしっかりしていたんだけれど、誤嚥&肺炎&入院を繰り返し、低血圧性で血圧の上が100を切り、口から何も入らなくなったのですが、本人の希望で延命治療はせず、最後は、そのまま自然にフェイドアウトするように自宅で息を引き取りました。それを実現するために、もともと、近隣にある病院と提携している認知症の外来に通い、提携している介護&訪問看護サービスを受け、最後の入院から退院する際に、ケアマネージャーさんを中心に、そこの病院で、訪問による医療、看護、介護のプランを立ててもらったということになります。

それでよかったと思います。

本人は入院するのを嫌がり、とにかく自宅でという希望をしていたのですが、自宅で亡くなるというのも、なかなか準備が難しいものです。何も準備をしなければ、警察がからんでくるからね。うちは母方がクリスチャンなのですが、父も、亡くなる前年に洗礼を受け、そこで母と一緒に入るお墓を買うなど、精神的な部分から準備ができていたので、本人&家族が迷わなかったのがよかったです。命、人生に対する考え方は人それぞれ違うものであり、何がベストであるかは、その人が決めるものだと思うので、自分としては、父と母が望むようなお別れができるようにお手伝いをしたというところです。

上記、ご参照下さい。

ポイントは、ケアマネージャーさんと良いコミュニケーションを取ることと、なにより迷わないことだと思います。

あと、タンの吸入ですが、なれれば簡単なものです。

まあ、とにかく実際に介護をした者は、誰しも、なにかしらの悔悟を引きずるものなのでしょう。自分の場合は、父に「少しはよくなるのかな?」と聞かれて、「よくなることはないよ」とありのままに答えたこと。そのときの悲しそうな顔ったら。

あの時、嘘をついてやればよかったと、今でも時々思い出します。

山口百恵のラストコンサートを観た

土曜日にNHK総合でやっていた山口百恵のラストコンサートをHDに録画していたのを観ましたが、案の定、ものすごく感動しました。特に「ロックンロールウィドウ」が最高だったね。で、昨夜、晩飯時に再生しようとしたら、昭和歌謡にまったく興味のない奥さんが「えっ、これ見るの~」というので、今朝、早置きして1人で見たんですけどね。1980年10月だと自分は小6で、リアルタイムの記憶もあるのですが、キャンディーズほどの思い入れはなかったのかな。今、記憶をたどると、「いい日旅立ち」と「乙女座宮」のシングルを持っていた記憶はあるのだけれど、もうギターを弾いていたからサザンとかYMOとかバンド系の方に感心がいっていたのかもしれません。でも、なんやかんやといいながら、とにかく、よかった。NHKの受信料相当額の価値はありました。次は是非キャンディーズをお願いしたいものです。

いま、思い出したのだけれど、山口百恵を一番上手に歌う人は中森明菜だと思うのだけれど、大学入ってすぐコンサート警備のバイトをして、何度か中森明菜のライブの警備をしていました(他にはローリングストーンズの初ライブとかね)。

いい時代だったな~。

ということで、もはや、テレビなんて年配者しか見てないんだから、もう、こういうのばっかりでいいですよね。

キャンディーズの1曲 ~空いっぱいの幸せ


キャンディーズ - 空いっぱいの幸せ (1973)

ファーストアルバムでの天地真理のカバーですね。

歌が、ラン、ミキ、スーのソロの順で進んでいって、サビで全員で歌うという展開なので、それぞれの特徴がつかめて面白い曲だと思います。3人の声は一度聞いただけでは判然とわからないほど似ているんだけれど、それって、やはりミキが真ん中にあるからなのではないかというのが自分の分析です。つまり、ランの声とミキの声は似ていて、ミキの声とスーの声が似ているので、ユニゾンで歌ったときの統一感が半端ないという(ランの声とスーの声はあまり似ていないと思う)。そういうところって、やはり、ビートルズ(ポールージョンージョージ)の関係性に似ているよね。

ミュージックマガジンによれば、天地真理のチームがもともとキャンディーズのバックアップをしていたということで、それならば、やはりスーがセンターということになりますよね。で、全然、それは間違いじゃなかったと思うけれど、スーが真ん中だと「ランとミキの妹としてのスー」という感じだったのが、ランが真ん中に来ることで、ファンは、キャンディーズの「年下の男の子」であるというコンセプトが鮮明になったんだろうね。「年下の男の子」は名曲なので、スーが真ん中のままでも、ヒットはしたと思うのだけれど、そのあたりは、時代のマジックなのでなんともいえません。

 

いずれにせよ音楽的には、やはりミキが真ん中だったのだということなのでしょうかね。

キャンディーズの1曲 ~悲しみのヒロイン


片想いの午後~悲しみのヒロイン/伊藤 蘭(キャンディーズ)

ということで、アルバム「早春譜」からの1曲です。

早春譜のランのパートについては、アンティックドールが代表曲とされていますが、自分はこっちの方が好きです。ビートリーというか、ジョージ的というか、やはり洋楽の流れの中にある1曲ですよね。なんといってもメロディーがいいし、サビへの展開も、エンディングも素晴らしいと思います。

自分は、前にも書いたけれど、この「早春譜」というアルバムがかなり好きなのですが、特にこの「悲しみのヒロイン」は、是非、伊藤蘭によるセルフカバーを聞きたいと願っている1曲です。もっといえば、今の伊藤蘭によって作り直したこの曲が聞いてみたい。今後、おそらく、伊藤蘭ソロプロジェクトでカバーアルバムが企画されると思うのだけれど、是非、この曲のピックアップを願っております。「前と声が変わらない」ってよくいうけれど、勿論、やっぱり違うし、で、この曲は、今の声の方が合うんじゃないのかなっと密かに思っているのです。

で、ビルボード系のライブでこの曲と「片思いの午後」を聞いてみたい。でも、それが、もしかしたら叶えられる夢だということが嘘のようですね。貼ったユーチューブの人は、自分とセンスが一緒のようで見つけたときは嬉しかったです。

 

ということで、今年、ニューアルバムを期待しております、